東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2576号 判決 1974年3月12日
原告
板橋昇
ほか一名
被告
横尾輝夫
主文
1 被告は原告板橋に対し、金二五六万二、〇三二円及び内金二三一万二、〇三二円に対する昭和四一年八月二九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告会社に対し、金一二九万四、〇三七円及びこれに対する昭和四七年二月一三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 原告板橋の被告に対するその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は全部被告の負担とする。
5 この判決は1、2項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告板橋)
一 被告は原告板橋に対し、金四三〇万五、二〇七円及び内金三九〇万五、二〇七円に対する昭和四一年八月二九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言。
(原告第七京王自動車株式会社(以下原告会社という。))
一 被告は原告会社に対し、金一二九万四、〇三七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言。
(被告)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
(原告らの請求の原因)
一 事故の発生
原告板橋は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四一年八月二八日午前一〇時頃
(二) 発生地 東京都杉並区東荻町四四番地路上
(三) 被告車 普通乗用自動車
運転者 被告
(四) 原告車 営業用普通乗用自動車
運転者 原告板橋
(五) 態様 原告車は前記路上を荻窪駅南口方面へ進行中、道路中央線を超えて対向進行して来る被告車を発見し、道路左側に避けたが、被告車に衝突された。
(六) 傷害の部位程度 原告板橋は右事故により、頸椎捻挫(頸髄損傷)、胸部・腰部打撲傷、第七胸椎圧迫骨折の傷害を受け、次のとおり、治療したが、昭和四五年五月当時、自賠法施行令別表に定める一二級一二号に該当する、むちうち損傷、第七胸椎圧迫骨折の後遺症が残つた。
1 城西病院 昭和四一年八月二八日の事故当日、応急手当、通院実日数一日
2 川満外科病院 昭和四一年八月三〇日から昭和四二年二月二二日まで入院(一七七日)、同月二三日から同年四月一五日まで通院(実日数五二日)
3 高田馬場病院 昭和四二年四月一七日から昭和四三年三月二六日まで入院(三四五日)
4 代々木病院 昭和四三年三月二七日から同年六月九日まで通院(実日数三〇日)、同月一〇日から同年七月一一日まで入院(三二日)、同月一二日から同月二〇日まで通院(実日数四日)
5 小豆沢病院 同年七月二三日から同月二九日まで通院(実日数七日)、同月三〇日から同年一〇月二五日まで入院(八八日)、同月二六日から昭和四四年五月二〇日まで通院(実日数六五日)、同月二一日から同月三一日まで入院(一一日)、同年六月一日から昭和四七年二月二九日まで通院(実日数一八二日)
二 責任原因
(一) 被告は、被告車を所有し自己のため運行の用に供しているものであるから、自賠法三条に基づき原告板橋に生じた損害を賠償すべき義務を負うものである。
(二) 被告は前記過失により、タクシー業を営む原告会社のタクシーの運転手である原告板橋を、その業務執行中負傷させ、ために原告板橋は後記の期間原告会社を欠勤するの止むなきに至つたが、原告会社は労働協約ないし労働慣行に従い、右欠勤中も原告板橋に対し後記の給与ないし賞与を支払つてきたもので、これはひとえに被告の右不法行為により原告会社に生じた損害であるから、被告は民法七〇九条により、原告会社の後記損害を賠償する義務を負うものである。
また、原告会社は右損害につき直接の損害賠償請求権の主体たり得ないとしても、前記のとおり、原告板橋は被告に対し、自賠法三条に基づき右欠勤期間中の給与ないし賞与に相当する休業損害を蒙り、原告会社は労働協約ないし労働慣行に基づく義務として、従業員たる原告板橋に対し右欠勤期間中の後記給与ないし賞与を支払い、右支払額に相当する原告板橋の損害を填補したものである。よつて、原告会社は、民法四二二条に基づき、原告板橋の被告に対する自賠法三条による損害賠償(休業補償)請求権を代位取得したものである。
以上の次第であるから、いずれも、被告は原告会社に対し後記損害を賠償する義務を負うものである。
三 損害
1 原告板橋の損害
(一) 入院雑費 一九万五、九〇〇円
入院合計六五三日につき一日あたり三〇〇円の入院雑費を要した。
(二) 休業損害 一四万二、八六一円
原告板橋は右事故当時原告会社(正確には合併前の第二新京王タクシー株式会社)にタクシー運転手として勤務していたが、右事故による負傷のため昭和四一年八月二八日から昭和四五年五月二〇日まで欠勤を余儀なくされた。この間、昭和四一年八月二八日から同年一一月二〇日までは自賠責保険により休業損害を填補し、同年一一月二一日から昭和四四年五月二〇日までは労災保険から報酬の六〇パーセント、原告会社から報酬の四〇パーセントを受領して休業損害を填補したが同年五月二一日から昭和四五年五月二〇日までは日収一、九五七円として、労災保険から六〇パーセント、原告会社から二〇パーセントの休業補償を得たに止まり、残りの二〇パーセントに相当する一四万二、八六一円の報酬相当分を得られず、同額の損害を受けたものである。
(三) 逸失利益の損害 三五万六、四四六円
原告板橋は前記治療にも拘らず、昭和四五年五月以降、前記一二級の後遺症が残り一四パーセントの労働能力を喪失した。よつて日収一、九五七円として四年間の逸失利益を求めホフマン式により中間利息を控除したものが、原告板橋の逸失利益の損害である。
(四) 慰籍料 三三一万円
原告板橋は右事故により多大の肉体的精神的苦痛を受けたものであり、事故の態様、傷害の部位・程度、治療経過、後遺症の程度等を斟酌し、慰藉料相当額は三三一万円を下まわらない額が相当である。
(五) 損害の填補 一〇万円
原告板橋は被告から昭和四三年二月二九日、損害賠償の一部として、一〇万円を受領した。
(六) 弁護士費用 四〇万円
原告板橋は、被告が右損害賠償債務を任意に支払わないので、弁護士たる原告板橋訴訟代理人に取立を委任し、昭和四七年三月二八日手数料として一〇万円を支払つた他、成功報酬として三〇万円を委任の目的を達した時に支払う旨約し、合計四〇万円の損害を受けた。
(七) 結び
よつて原告板橋は、被告に対し、金四三〇万五、二〇七円及び弁護士費用を除く金三九〇万五、二〇七円に対する事故の日の後である昭和四一年八月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 原告会社の損害
原告会社は、原告板橋をタクシー運転手として雇用していたものであるが、原告板橋は原告会社の業務の執行中、右事故によつて負傷し、昭和四一年八月二八日から昭和四五年五月二〇日まで原告会社を欠勤せざるを得ないこととなり、にもかかわらず、原告会社は労働協約ないし労働慣行に基づく義務として次のとおり給与ないし賞与を支払つて損害を蒙つた。
(一) 昭和四一年一一月二一日から昭和四四年五月二〇日までは原告板橋の平均賃金の四〇パーセント分合計五九万七、〇三七円の給与
(二) 昭和四四年五月二一日から昭和四五年五月二〇日までは、原告板橋の平均賃金の二〇パーセント分合計一四万二、九一三円の給与
(三) 賞与。昭和四一年一二月、六万四、〇八一円、昭和四二年七月と一二月、合計一二万九、八九六円、昭和四三年七月と一二月、合計一三万八、八八二円、昭和四四年七月と一二月、合計一四万七、七五三円、昭和四五年七月七万三、四七五円、以上賞与分合計五五万四、〇八七円
よつて、原告会社は被告に対し(一)(二)(三)の合計一二九万四、〇三七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を認める。
(請求の原因事実に対する答弁)
一 請求の原因一の事実中、原告が右事故により傷害を負つたこと及び(一)ないし(四)の事実は認める、(六)の事実は不知、(五)事故の具体的態様は争う。
二(一) 請求の原因二の(一)の事実は認める。
(二) 請求の原因二の(二)の事実中、原告会社はタクシー運転手の原告板橋を雇用していたところ、右事故によつて、業務を執行中の原告板橋が負傷した事実は認め、その余の事実は不知。
原告会社の出捐は、原告会社と従業員との間で制定された協定に基づくものであるというのであるから、被告には無関係なことであり、原告会社の出捐分の填補を、被告に要求できる筋合いのものではない。
三 請求の原因三の事実中、原告会社の従業員である原告板橋が右事故により負傷したとの事実は認め、その余の事実は全て不知。
(時効の抗弁)
原告らの損害賠償請求権は、右事故の日から三年を経過した昭和四四年八月二八日限り時効により消滅した。よつて被告は時効を援用する。
(原告らの再抗弁)
一 時効の中断
(一)<1> 高谷幸治は本件事故当時、原告会社荻窪営業所営業主任として本件事故の処理に当り、原告らの代理人として、事故現場において、被告、被告の姉、母に対し、損害賠償の請求を通告したところ、被告らはこれを承認した。
<2> 高谷幸治は、その後も原告らの代理人として、被告側と何度も交渉してきたが、昭和四二年五月下旬頃、被告の叔父横尾健介が被告の代理人として被告と共に、前記営業所を訪れたので、当時原告板橋が入院していた高田馬場病院へ同人等を案内し、その帰途被告宅において、被告や、横尾健介、被告の母、義兄宮沢某ら被告側の人達と、損害賠償の件を話し合つた際、被告らは高谷幸治に対し、「できるだけのことはさせていただきますから、今は治療に専念して下さい。」とのべて、原告らに対する損害賠償債務を承認した。
<3> 高谷幸治の後任として前記営業所営業主任に就任した三浦健太郎は原告らの代理人として、昭和四二年一二月二九日前記営業所において、被告及び被告代理人横尾健介と話し合つた際、「原告板橋は運転手として復帰できるかどうかわからない、運転手として復帰できない場合のことも考えてもらいたい」旨申し入れたところ、被告らは「一、〇〇〇万等と請求されても困るが、七〇〇万円位ならなんとか支払う」旨のべて、原告らに対する損害賠償債務を承認した。
(二) 被告は原告板橋に対し、昭和四三年二月二九日、本件損害賠償債務の一部として一〇万円を支払い、原告らに対する損害賠償債務を承認した。
(三) 前記営業所副所長に就任した高谷幸治は、昭和四四年四月二五日頃、原告らの代理人として、被告宅において、被告代理人横尾健介及び被告の母に対し、「原告板橋は運転手として再起することが不可能であるので相応の賠償をしてもらいたい」旨申し入れたところ、横尾健介は「できるだけのことはするので治療に専念して下さい。」旨のべて、原告に対する損害賠償債務を承認した。
(四) 原告ら代理人高谷幸治は、昭和四六年二月七日前記営業所において、被告に対し、原告板橋の損害として四八九万九、一五三円の賠償を支払うよう催告し、書面でも同様の催告をしてきたが支払つてもらえないので、原告板橋は昭和四六年七月二九日、原告会社は同年七月二七日、中野簡易裁判所に対し、被告を相手方として、本件各損害賠償請求権につき支払を求める旨の調停の申立をしたが、これも昭和四七年三月一七日調停不成立に終り、やむなく、原告会社は同年二月八日、原告板橋は同年三月二九日、各本件訴訟を提起するに至つたものである。
(五) 以上の他、原告会社は被告に対し、昭和四四年八月二六日、昭和四六年一月二六日、同年六月一七日にそれぞれ書面で損害賠償の催告をしているものである。
(六) 以上の次第で、原告板橋の傷害に起因する本件損害賠償請求権は、右の各承認、催告、調停及び訴訟の提起によつて、時効は中断しているものである。特に原告会社の被告に対する損害賠償請求権についていえば、右請求権が民法四二二条に基づき代位取得したものとすれば、時効の中断は明白であり、また右請求権が民法七〇九条による原告会社の独自の請求権であるとしても、右各中断事由により中断しているものである。
仮りに原告会社につき右の各主張が理由がないとしても、原告会社の民法七〇九条に基づく独自の損害賠償請求権は、原告会社が原告板橋に対し、労働の提供を受けることなく、給与ないし賞与を支払つた時期毎に発生するものであるから、明らかな中断事由である調停申立の日である昭和四六年七月二七日より三年前である昭和四三年七月二七日以降に支払つた分については、時効は中断されているものである。
二 時効援用権の権利濫用
被告は全く自らの過失により本件事故を発生させたにもかかわらず、右に見たとおり、いかにも損害賠償をなすかの如き態度を装いて、原告らと様々に交渉を重ね、その実全く支払おうとせず、時効期間の徒過を待ち、原告らの本訴提起を遷延させたものであるから、被告の時効の援用は信義則に反し権利の濫用であつて許されない。
(再抗弁に対する、被告の答弁)
一 時効の中断事由についての認否
(一)<1> 時効の中断事由(一)<1>の事実は否認する。被告は当日高谷幸治と顔を合わせたので挨拶したが、いかなる資格のものかも判らないものに承認などしない。
<2> 同(一)<2>の事実は否認する。もつとも昭和四二年八月二〇日頃、被告は、高谷幸治、横尾健介の三人で高田馬場病院へ、原告を見舞つたことがあるが、話の内容は見舞の域を出なかつた。
<3> 同(一)<3>の事実は否認する。もつとも昭和四二年一二月頃三浦健太郎、横尾健介、被告の三人で前記営業所で待合せ、原告板橋の自宅に見舞いに行つたことはあるが、その時の話の内容も病気の見舞いに終始し、賠償の約束まで進んではいない。原告板橋はその後幾許もなく運転手として復帰している。
(二) 時効の中断事由(二)の事実中、被告が昭和四三年二月二九日、原告板橋に対し一〇万円を支払つたことは認める。しかしこれは、原告板橋の妻の交通費及び雑費として支払つたに過ぎないものであつて、原告ら主張のような損害賠償債務の一部として支払つたものではない。
(三) 時効の中断事由(三)の事実中、高谷幸治の立場に関する事実は不知、その余の事実は否認する。
(四) 時効の中断事由(四)(五)の事実中、原告らから昭和四六年七月二七日調停の申立があつたこと、原告会社は昭和四七年二月八日、原告板橋は同年三月二九日本件各訴訟を提起したことは認める、昭和四六年二月七日頃催告をしたとの事実及び同(五)の各催告の事実は否認する。被告が原告らから催告書を受けたのは同年四月六日が最初である。
いずれにしても右事実は、時効完成後のことである。
二 時効援用権の権利濫用についての答弁
右主張を争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求の原因一の事実中(一)ないし(四)の事実及び原告板橋が、原告車と被告車との衝突事故により負傷した事実は当事者間に争いがない。右事実と〔証拠略〕を総合すると、右事故は、原被告車が対向進行中、被告車が道路中央部分をこえて、原告車の進路に進入してきたことに、原因があるものと認められ、右認定判断を左右するに足る証拠はない。
〔証拠略〕によると、原告板橋は右事故により、頸髄損傷、胸部腰部打撲傷、第七胸椎圧迫骨折の傷害を受け、請求の原因一の(六)1ないし5記載のとおりの治療をしたこと、高田馬場病院入院中、項筋膜切除等二回の手術を受けた他、安静薬物療法、骨盤牽引、局所注射等の治療を受けたが、頑固な腰痛、頭重、上下肢のシビレ、食慾不振、嘔気等の症状が一進一退し、その後も前認定の医療機関の治療を受けたが、昭和四五年五月二〇日頃左下肢に神経症状を残す、ほぼ自賠法施行令別表に定める一二級程度の後遺症が残つて治癒したこと、の事実が認められ、右認定判断を左右するに足りる証拠はない。
二 責任原因
(一) 請求の原因二の(一)の事実は当事者間に争いがない。してみると被告は原告板橋に対し、自賠法三条に基づき、右傷害によつて原告板橋に生じた損害を賠償する義務を負うものである。
(二) 請求の原因二の(二)の事実中、原告板橋はタクシー業を営む原告会社のタクシー運転手であつた者であるが、その業務の執行中、右事故に会つて負傷した事実は当事者間に争いがない。そして、後に認定する事実によると、原告板橋は右負傷のため後記の期間原告会社を欠勤するの止むなきに至つたが、原告会社は、かかる従業員の業務上の災害に関する労働協約ないし労働慣行による義務として、原告板橋に対し、後記の給与ないし賞与を支払つてきたこと、原告らの主張に照らすと原告板橋は右受領分の給与ないし賞与を休業期間中の損害の填補として取扱い、右期間中の休業損害を被告に対して請求していないこと、右給与ないし賞与は右休業期間中の休業損害としての相当性を肯定できること、の各事実が認められる。
右事実によると、被告は原告板橋に対し、前判示のとおり自賠法三条に基づき右負傷による(休業)損害の賠償義務を負うものであるが、原告会社は労働協約ないし労働慣行に基づく義務として、原告板橋に生じた休業損害を填補履行したものであるから、民法四二二条を類推適用し、原告会社は、原告板橋の被告に対する右自賠法三条に基づく休業損害賠償請求権を代位取得したものと認められる。
従つて被告は原告会社に対しても、自賠法三条(民法四二二条)による損害賠償義務を負担するものである。(尚、原告会社は被告の責任原因として、民法七〇九条による原告会社の独自の損害賠償の請求権をも主張しているが、事案の処理として、判断を加える必要性を認めないので、判断しない。)
三 損害
1 原告板橋の損害 合計 二五六万二、〇三二円
(一) 入院雑費 一九万五、九〇〇円
前判示認定事実によると原告板橋は合計六五三日入院したものであるから、少くとも一日あたり三〇〇円、合計一九万五、九〇〇円の入院雑費を要したものと推認される。
(二) 休業損害 一四万二、九一三円
前判示当事者間に争いのない事実に、〔証拠略〕によると、原告板橋は、原告会社のタクシー運転手としての業務中に右事故により負傷し、ために昭和四一年八月二八日から昭和四五年五月二〇日までの原告会社を欠勤するの止むなきに至つたこと、原告板橋は昭和四一年八月二八日から同年一一月二〇日までは自賠責保険により休業損害の填補を受け、同年一一月二一日から昭和四四年五月二〇日までは労災保険から平均賃金の六〇パーセントの休業補償、原告会社から四〇パーセントの給与を得て損害を填補したが、同年五月二一日から昭和四五年五月二〇日までは、労災保険から平均賃金の六〇パーセントの休業補償、原告会社から二〇パーセントの給与しか得られず(以上の平均賃金は、昭和四一年一一月二一日から昭和四四年三月三一日までは日収一、六一八円、同年四月一日から昭和四五年五月二〇日までは日収一、六一八円につき二一パーセントスライド加算した一、九五七円八〇銭として算出されたもの。)、残り平均賃金の二〇パーセント分に相当する一四万二、九一三円を得られず、同額の損害を蒙つたこと、が認められ、前判示認定の原告板橋の傷害の部位、程度、治療経過に照らすと、休業期間としても相当性を肯定でき、右認定判断を左右するに足りる証拠はない。
(三) 逸失利益 二七万三、二一九円
前判示原告板橋の後遺症の程度に照らすと、原告板橋は昭和四五年五月二一日以降労働能力を一四パーセント程度三年間喪失したものと認めるのが相当であるから、日収一、九五七円八〇銭として、既に過去の分であるからホフマン式により中間利息を控除した範囲内において二七万三、二一九円をもつて原告板橋の逸失利益の損害とするのが相当である。
(四) 慰藉料 一八〇万円
前判示原告板橋の傷害の地位・程度、治療経過、後遺症の程度、事故態様、その他本件口頭弁論に顕われた訴訟前の当事者間の交渉経過等の諸般の事情を斟酌すると慰藉料としては一八〇万円が相当である。
(五) 損害の填補 一〇万円
原告板橋が被告から右損害賠償の一部として一〇万円を受領していることは、原告板橋の自陳するところである。
(六) 弁護士費用 二五万円
〔証拠略〕によると、原告板橋は、被告が任意の取立に応じないため、訴訟代理人に取立を委任し、昭和四七年三月二八日着手金として一〇万円を支払い、委任の目的を達成した日に成功報酬として三〇万円を支払う約束をしている事実が認められ、本件審理の経過、難易度及び認容額等に照らすと、弁護士費用として本件事故と相当因果関係があるのは、このうち二五万円とするのが相当である。
2 原告会社の損害 一二九万四、〇三七円
前判示認定事実、〔証拠略〕によると、原告板橋はタクシー運転手としての原告会社の業務の執行中の右事故による負傷のため、昭和四一年八月二八日から昭和四五年五月二〇日まで欠勤を余儀なくされ、原告会社は労働協約ないし労働慣行に基づく義務として、請求の原因三2記載の根拠のとおり、給与ないし賞与として合計一二九万四、〇三七円を原告板橋に支払つた事実が認められ、これに反する証拠はない。そして右支出は原告板橋の休業損害を填補する実質を有するもので、休業損害としての相当性の範囲内であり、原告会社は、民法四二二条の類推適用により、原告板橋が被告に対して有する自賠法三条に基づく右一二九万四〇三七円の休業損害賠償請求権を代位取得したものであることは前判示のとおりである。
四 時効について
被告は、原告らの損害賠償請求権は事故の日である昭和四一年八月二八日から三年を経過した昭和四四年八月二八日限り時効により消滅した旨主張する。ところで、原告板橋の請求権は自賠法三条に基づく損害賠償請求権であるので、被害者たる原告板橋が右事故による傷害の事実を知つた以上、その傷害と牽連一体をなす損害であつて事故当時において予見することが可能であつたものについては、すべて被害者において認識があつたものとして、民法七二四条所定の消滅時効は前記傷害の発生を知つた時から進行を始めるものと解すべきところ、原告板橋は時効の起算点について特段の主張をしていないので、本件については事故の日である昭和四一年八月二八日から消滅時効期間を起算するものと解すべきである。また原告会社の請求権は、民法四二二条の類推適用により代位取得した自賠法三条に基づく損害賠償請求権であるから、被害者たる原告板橋が被告に対して有した自賠法三条に基づく損害賠償請求権が、当然に原告会社に移転する、即ち填補履行の時点における権利関係がそのまま承継されるものと解すべきである。従つて、原告会社の被告に対する損害賠償請求権には、民法七二四条(自賠法四条)が適用されると共にその時効期間は、被害者たる原告板橋が損害を知つた時から起算すべき筋合であるから、原告会社の請求権についても、前判示原告板橋の請求権同様、昭和四一年八月二八日から消滅時効期間を起算することとなる。してみると原告らの本訴提起の日(原告会社は昭和四六年二月八日、原告板橋は同年三月二九日に、各本訴を提起していることは当事者間に争いがない。)が、右起算日から三年を経過していることは明らかである。
そこで時効の中断の再抗弁について判断する。〔証拠略〕によると、被告は原告板橋に対し、昭和四三年二月二九日高田馬場病院において、雑費(看護のための妻の交通費を含む)として一〇万円を支払つたこと(金員の授受については当事者間に争いがない。)、原告会社荻窪営業所長高谷幸治は、昭和四六年二月七日、同営業所において、原告板橋の代理人として、被告に対して、休業損害を含む本件事故による原告板橋の損害賠償として四八九万九、一五三円を請求催告したこと、の各事実が認められ、右認定の一部に反する〔証拠略〕はにわかに採用し得ず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして原告らが、昭和四六年七月二七日中野簡易裁判所に対し、本件各損害賠償請求権について支払を求める旨の調停の申立をしたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、右調停事件は昭和四七年三月一七日不成立に終つたことが認められ、これに反する証拠はない。原告会社は同年二月八日、原告板橋は同年三月二九日、右各請求権について本件訴訟を提起したことは、前判示のとおり当事者間に争いがない。
そこで右事実に即し、まず原告板橋の損害賠償請求権の時効の中断について考えてみるに、被告は原告板橋に対し昭和四三年二月二九日、雑費一〇万円を支払うことによつて原告板橋に対する本件損害賠償債務を承認したものである。交通事故に基づく損害は、生命・身体の損傷そのものであり、損害賠償請求権は治療費、慰藉料、交通費といつて費目毎に別個に生ずるものではなく、一個の請求権が生ずるに過ぎない。しかして、右の請求権の一部に当る雑費につき加害者が弁済をしたときは全体につき損害賠償債務のあることを承認したものとみるべきであり、この時、消滅時効は中断されたものと解すべきである。そしてその時から更に消滅時効は、進行を開始するが、昭和四六年二月七日原告板橋代理人高谷幸治の被告に対する催告がなされ、調停不成立の日である昭和四七年三月一七日から二週間以内に本件訴えの提起があつたことにより、民事調停法一九条に基づき、調停申立の日の昭和四六年七月二七日に訴えの提起があつたものと看做される結果、結局、右催告の日から六ケ月以内に裁判上の請求があつたこととなり、再度進行を開始した消滅時効は、右昭和四六年二月七日の催告により中断し、その後消滅時効の期間内に本件訴えの提起があつたものである。以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告板橋の本件損害賠償請求権は時効により消滅した旨の、被告の主張は理由がない。
次に原告会社の損害賠償請求権の時効の中断について判断する。原告会社の右請求権は前判示のとおり、民法四二二条の類推適用により代位取得した自賠法三条に基づく請求権であつて、原告板橋の負傷自体によつて発生した原告板橋の右請求権と根源を同一にするものであるから、原告板橋の請求権についての右中断事由の発生によつて、原告会社の請求権もまた消滅時効の中断を招来しているものである。交通事故に基づく損害は一定の負傷をしたこと自体であるとして把握するならば、原告板橋が負傷によつて給与等を得られなかつた場合と、負傷にもかかわらず給与等を得ていた場合とで大きな差を生じるいわれはないのであつて、ただ原告板橋が休業損害を請求しない場合には、給与等を支払つた原告会社から被告に請求する余地が認められるに過ぎないものであるから、請求権の主体が異なることによつて時効の中断についての法律的取扱を異にする理由はない。してみると、原告会社の損害賠償請求権は時効により消滅した旨の、被告の主張も理由がない。
五 結び
以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告板橋の本訴請求は二五六万二、〇三二円及び弁護士費用認容分二五万円を除く二三一万二、〇三二円に対する事故の日の後である昭和四一年八月二九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却する。
原告会社の、一二九万四、〇三七円及び訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年二月一三日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、本訴請求は全部理由があるので認容する。
よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条の各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮良允通)